昼休み。今日も俺は音楽室へ向かった。そこには、先輩がいる。そうわかっているからだ。
「あ、鳳くん。今日も来てくれたんだ?」
「はい。俺、やっぱり先輩の音、好きなんです。」
「ありがとう。そう言ってくれる鳳くんがいると、私もより練習に熱が入るよ!」
そう言って、微笑む先輩を見て、俺はもっと幸せを感じた。
先輩の音が好き。それは嘘じゃない。でも、本当はそれだけじゃなく、俺は先輩自身が好きなんだ。
最初に先輩の演奏を聞いたのは、ただの偶然だった。音楽が好きな俺は、音楽室の近くを通ることが多かった。そこで、ふと耳に入ってきたのだ。その演奏は、どこか切なげで・・・。でも、とても綺麗な音を奏でていた。俺はその音が気に入って、一目演奏者を見たくなり、音のする教室へと向かった。
「・・・・・・・・・誰?!」
俺がドアを開けると、その人は演奏を止め、こちらを振り返った。
「すみません・・・。練習の邪魔をしちゃいましたか?」
「いえ!大丈夫です。」
「あの・・・。俺、今の演奏、すごく好きだったので・・・。つい、入ってしまいました。」
「本当ですか?!ありがとうございます・・・。」
あのときの先輩は、嬉しそうにしながらも、とても恥ずかしそうに笑っていた。そして、その顔は、まさにさっきの音のイメージとピッタリだとも思った。
「俺、まだ聞いていたいので、演奏を続けてもらってもいいですか?」
「もちろんです・・・!!聞いてくれる人がいた方がやり甲斐もありますから。では、今は練習中で、大した演奏はできないですけど・・・。」
そう言って、先輩はさっきの曲を最初からやってくれた。そして、俺はまだ名前も知らなかった先輩の演奏を最後まで聞いた。
あの時間は、何とも形容し難い、とても貴重な時だった。聴いているときは、時がゆっくりと流れるように感じたのに、演奏が終わるとあっという間に感じた。技術的にずば抜けて優れているというわけじゃないけれど、とても感情がこもっているとでも言うのだろうか?とにかく、俺にとっては、とても魅力的な音だったんだ。
“パチパチパチ・・・”
「最後までありがとうございました。」
「こっちが演奏を頼んだので、こちらこそ、ありがとうございました。」
どうして、ここまで俺が惹かれたのかはわからなかった。でも、自然に、また聴きたいと思ったんだ。
「いつも、ここで練習されてるんですか?」
「えぇ、最近はコンクールも近いので。」
「じゃあ、また明日も来てもいいですか?」
「えぇ?!私は構いませんけど・・・。」
「それじゃあ、また聴きに来ますね。」
「ありがとうございます・・・。」
「こちらこそ。・・・そうだ!俺、2年の鳳長太郎って言います。一応、紹介しときますね。」
「私は・・・3年のです。」
「わかりました。では、先輩、また明日。」
それから、何度かここを訪れるようになって、俺たちは自然と親しい仲になっていた。そして、今ではそれが習慣のようになっている。
「今日も最後まで、ありがとうございました。」
「いえいえ。こちらこそ。聴かせてくれて、ありがとうございました。」
お互いに用事が無ければ、こうして先輩は演奏し、俺はそれを聴いている。
「そうだ。今日は、別の曲も聴いてもらってもいい?」
「えぇ!ぜひお願いします。」
「それじゃ・・・。」
でも、こんなことは今まで無かった。そして・・・次の日。教室に先輩の姿は無かった。こんなことも今まで無かったのに。
お互いに用事が無ければ、そう思っていたけれど、実際は俺が行けないことが多かった。俺が行ったときは、必ず先輩がいた。
それなのに。・・・今日は、どうしたんだろう。もしかしたら、少し遅れて来るかもしれない。
そう思って、俺は音楽室の楽器を見ながら、先輩を待つことにした。・・・でも、見るだけでは大した時間はつぶれず、それでもまだ待ちたかった俺は、ヴァイオリンを手にした。
「とりあえず・・・弾いて待っておこう。」
曲は・・・そうだな。
ベートーヴェンの『ロマンス第1番』。
先輩のことを考えてたら、どうしても、そういう曲ばかりが思い浮かぶ。クライスラーの『愛の喜び』なんかも頭には流れてきたけど・・・。今の俺には、合わないしね。愛を知ってるわけじゃないし、喜びだけでもないから。
今は、気難しい雰囲気のベートーヴェンが作った『ロマンス第1番』の方が合ってる。『第2番』は華やかなイメージもあるから、ちょっと違う気がして。
とにかく・・・と、俺はヴァイオリンを弾き始めた。
あぁ、ここのフレーズ。先輩だったら、どうやって捉えて、どうやって演奏するだろう・・・?
そうやって、ヴァイオリンを手にしても、結局先輩のことばかり考えてしまっている俺。
先輩・・・。俺、先輩のことが好きなんです。だから、今日だって待ってるんです。・・・少しでも会いたいから。
そんな風に先輩を想いながら演奏すると、普段より音が柔らかくなるような気がする。
先輩、聞こえますか?俺、この曲・・・先輩にだけ、届けたい。先輩にだけ、聞いてほしい。先輩のために、演奏したい。・・・そう思うんです。
いつの間にか、そんなことを考えながら、俺はヴァイオリンを弾いていた。
「・・・ふぅ。とりあえず、ここまで・・・。」
“パチパチパチ・・・”
「!!」
「驚かせちゃってゴメン。鳳くんの演奏、初めて聴くから。声かけなかったの。それにしても、鳳くん。そんなに上手いんだね!『ロマンス第1番』って、技術的に難しいって聞くのに・・・。」
「いえ、上手い方はもっと素晴らしい演奏ですよ。」
「ううん、すごかった!鳳くん、いつも私の音が好きって言ってくれるけど・・・私も鳳くんのヴァイオリン、好きだよ?」
先輩に好きと言われて、少し動揺した。・・・先輩が好きなのは、俺じゃなくて、ヴァイオリンの音だ。
でも、俺の弾いた音が好きだと言ってくれたのは事実。
「ありがとうございます。俺・・・弾いてる間に、『先輩に聴いてほしい』って思ってたので、とても嬉しいです。」
「本当?ありがとう!ちゃんと聴いてたよ。」
ちゃんと聴いていた。それは俺の弾いた曲だというのに、俺の気持ちまで届いたんじゃないかなんて考えそうになった。
ただ、気持ちを乗せながら曲を弾いていたから、それが本当に先輩に届いていてもおかしくはない・・・なんてことはないよな、さすがに。
「私も、いつも鳳くんに聴いてほしいって思いながら、演奏してる。・・・それだけじゃ駄目なんだけどね。」
「先輩・・・?」
やっぱり、先輩の様子は少し変だ。昨日、いつもとは違う曲も演奏してみたり・・・、今日は今日で、ここに来るのが遅かったし・・・。
「何か、あったんですか・・・?」
「うーん・・・。何だか、コンクールに自信が無くなってきたんだよね・・・。だからこそ、練習しなくちゃならないんだけど・・・。どうしても、気が乗らなくて・・・。でも、行かなくちゃって思って来てみたら・・・鳳くんがヴァイオリンを弾いてたの。」
「そう・・・、だったんですか・・・。でも、どうして自信が・・・?」
「・・・まぁ、当たり前のことなんだけど。私より上手い人は、いっぱいいるじゃない?もちろん、校内にもたくさんいる。でも、その人たち全員がコンクールに出してもらえるわけじゃない。・・・だから、私が選ばれたことに不満を持っている人もいる。それで、私はその人たちに認めてもらうためにも、練習を頑張らなくちゃって思ったの。・・・でも、そうやって練習しても、何も良くならないし、私も楽しくない。」
「それは・・・そうですね。」
「だから、最近は鳳くんに聴いてほしいって思いながら、練習してた。それなら、私も楽しいし、少しずつだけど上手くなってきた気もする。・・・・・・だけどね。やっぱり、そんな気持ちじゃ、その人たちに悪いんじゃないかって気がしてきて・・・。そんなことを考えてたら、私、何のためにコンクールに出たいのか、どんどんわからなくなって・・・。それで・・・。」
「自信が無くなってきた、というわけですね?」
先輩は俺の問に、コクンと悲しそうに頷いた。そんな先輩を見て、何とかしたいと思うのは、当然のことだ。
「先輩。先輩は・・・音楽、好きですか?」
「・・・・・・うん。」
「俺も、です。先輩の演奏を聴いているのも、自分で弾いているのも、俺は好きです。コンクールも、それでいいと思います。・・・自分以外の参加者の演奏を楽しみ、自分自身も好きだから参加する。もちろん、技術的な面で競うことも目的ではあると思いますが、それと同じくらい、もしくはそれ以上に、主催者はコンクールを通じて、たくさんの人に音楽の良さを伝えたいと考えてるような気がします。」
「・・・そうなのかな。」
「俺はそう思います。だから、先輩が楽しく練習したって、いいんじゃないですか?・・・それに、先輩は先ほど、コンクールに参加できなかった人たちに悪いとも話していましたが。その人たちのために頑張りたいというのも、結局はその人たちに聴いてほしいということになりますよね?だったら、俺に聴いてほしいと思うのと、何の違いも無いはずですよ。・・・まぁ、俺の場合、大きな理由も無いでしょうから、プレッシャーは少ないですけど。でも、それが悪いとは、俺は思いません。」
「そっか・・・。うん・・・、ありがとう。そういうことを言ってくれる鳳くんには、やっぱり聴いてほしいと思うよ。」
そう言って、先輩は少し笑ってくれた。・・・俺、先輩の役に立てたんだろうか。できれば、そうであってほしい。
「でも・・・本当は、鳳くんがそんなことを言ってくれる人だって、知る前から聴いてほしいなって、少しは考えてたんだ。」
「・・・そうなんですか?」
「うん。鳳くんって、テニス部の中でも有名だったから。それで、どんな人かなーって思ってたから、聴いてほしいって言うより、会ってみたいと思ってた。・・・そしたら、あの日。鳳くんがこの部屋に入ってきたから、ビックリしたよ。」
「それって・・・音楽が先輩の気持ちを伝えたのかもしれませんね。」
なんて、さっき自分が考えてたことを口にしてみる。・・・それは無いよな。先輩にも笑われてしまった。
でも、先輩が笑ってくれたのなら、それでいいか。
「それは、あり得ないよ。」
「ですよね。」
「だって、私、聴いてほしいって気持ちだけじゃないもん。最近は、鳳くんのことが好きだって思いながら演奏してる。でも、そこまで伝わってないでしょ?」
・・・・・・・・・それは・・・たしかに。じゃあ、やっぱりあり得ないことなんだよな。
「そうですね。俺も、さっきは先輩に聴いてほしいっていう気持ちだけじゃなく、先輩のことが好きだって思いながら弾いてたんですけど。・・・それが伝わってないということは、どうやら違うみたいですね。」
「・・・・・・ウソ・・・。」
「嘘じゃないです。本当です。」
「・・・ありがとう。」
「いえ、こちらこそ。」
そう言って、俺がニッコリと笑うと、先輩は今更状況を理解したらしく、少しずつ顔が赤くなっていった。・・・・・・本当、可愛い人だな。
そんなことを思っていると、先輩が恥ずかしそうにしながらも、話を続けた。
「じゃあ・・・やっぱり、音楽が気持ちを伝えてくれたのかもしれないね。だから、こうして想いが通じたとしたら・・・、素敵じゃない?」
「・・・そうですね。じゃあ、そんな素敵な音楽の良さを伝えるためにも、コンクール、頑張れそうですか?」
「うん、ありがとう!それじゃ、今から少しでも、練習するね。」
いつも通り、練習を始めた先輩の演奏を聴きながら、俺は思った。・・・やっぱり、音楽は人の気持ちを伝えられるのかもって。
だって、俺は先輩の音に惹かれた。特に、理由もわからずに。・・・それは、先輩の想いが少しは伝わっていたからじゃないかな。そして、俺はまた自然と聴きたいと思えたのかもしれない。
たとえ、そうだとしても。
「・・・よし。とりあえず、ここまで。今日も、ありがとう。」
「いえいえ。・・・先輩。俺、コンクール見に行きますね。」
「本当?!ありがとう。でも、何だか恥ずかしいなぁ・・・。じゃ、私も鳳くんの試合、見に行くね!」
「わかりました。楽しみにしておきます。」
「うん、精一杯応援するね!」
音楽で気持ちが伝えられたとしても・・・。
「先輩。」
「ん?」
これからは、言葉でも伝えたいと思います。
「俺、先輩のことが大好きです。」
鳳夢が出来ましたー!これを機に、少しずつ増やせたらいいなぁと思っています♪
ちなみに、この話は「幕末恋華・花柳剣士伝」というゲームのED曲「願ひ華」を聴いたのがきっかけで、書き始めました。ゲーム自体はしたことがないんですが。歌詞がとても可愛くて・・・、歌ってらっしゃる吉野さんの声も素敵でしたので・・・、影響されちゃいました!(笑)
加えて、音楽をテーマにしたので、アニメ「金色のコルダ」のED曲だった「CRESCENDO」の一部も参考にしました。
それと、私は一切音楽の知識はありません。ド素人です!まぁ、詳しい方からすれば、一目瞭然だと思いますが(汗)。よって、ネットの情報や「コルダ」で得た知識のみで書いてます。間違ってたら、すみません(苦笑)。
('08/09/26)